「世界遺産ってなんか堅苦しい」
「世界遺産のタイトルも抽象的だし何がすごいのか良く分からない」
「解説を読んでもポイントが良く分からない」
この記事はそんな方に向けて書いています。
様々なサイトで世界遺産については説明されていますが、どのサイトも難しいです。
それは情報量が多すぎて、事前知識がないと理解しづらいからです。
この記事では、国内23の世界遺産を制覇し年間50回以上国内を旅行する筆者が、簡単に理解したいという方のために世界遺産に登録された理由をたった3行で分かりやすくシンプルに解説します。
世界遺産に登録された理由を理解すると、旅先での見方は変わります。
それは世界遺産への登録理由こそが「他の観光地とは一線を画す」理由だからです。
世界遺産の概要を理解して、ぜひ現地に足を運んでみましょう。
姫路城は日本で初めて世界遺産に登録された

[登録年]:1993年
[所在地]:兵庫県姫路市
[登録区分]:文化遺産
[登録名称]:姫路城
姫路城は、奈良の法隆寺とともに日本で初めて世界文化遺産に登録されました。
戦国時代から江戸時代にかけて各地で天守のある城が建てられましたが、軍事的・芸術的に優れている姫路城はその中でも日本を代表する城です。
歴史ある姫路城は現存12天守の一つでもあります。
姫路城には国指定の文化財も多く存在しており、大天守1棟、各小天守を3棟を含む7棟が国宝、城内の現存建物74棟が重要文化財に指定されています。
▼世界遺産を学ぶ際にはこちらの記事をご覧ください。非常に分かりやすい本を紹介しています。
>>【大人向け】国内の世界遺産を学ぶなら最初に読みたいおすすめの本3選!
▼実際に姫路城を行ってみた感想や見どころはこちらの記事をご覧ください!!
>>【絶景】姫路城の魅力と見どころは?実際に行ってみた感想!
姫路城の歴史

姫路城は姫路市内の北側に位置する姫山の上に造られた平山城です。
江戸時代には西国(近畿、中国、九州)の外様大名を監視する重要拠点として扱われました。
池田輝政が8年かけて姫路城を造った

姫路城は代々○○家が治めたということではなく、西国の外様大名を監視するために適任の大名が頻繁に交替して城主になっています。
姫路城の礎を築いたのは、1346年の赤松貞範(鎌倉時代後期~南北朝時代の守護大名)で当時は砦のような小規模なものでした。
その後、1555年から1561年に黒田官兵衛が城主となりますが、西国の守りの拠点として、羽柴秀吉に城主を譲ります。
1581年に城主となった羽柴秀吉が三重の天守をつくりました。
秀吉の死後、家康の命で池田輝政が城主となり、西国の守りの拠点として姫路城を造ることを命じられました。
池田輝政は秀吉の造った三重の天守をすべて壊し、大改修をして8年がかりで現在の大天守をもつ姫路城を造りました。
外堀と土塀が城郭全体を囲んでいた
姫路城は外堀と土塀が城郭全体を囲んでおり、これを総構といいます。
内側から「内曲輪」「中曲輪」「外曲輪」となっており、身分によって住む場所が分かれていました。
世界遺産に登録されている地域は天守閣のある「内曲輪」です。
築城に関わった人数は2400万人
姫路城は完成まで8年の歳月を要しました。
正確な数字は残されていませんが、築城した池田家の石高から計算すると約2437万人が姫路城の建設に関わったとされています。
大規模な城郭の建設で、領民は増税や過重労働に苦しみました。
姫路城が世界遺産に登録されている3つの理由

姫路城が世界遺産に登録されている3つの理由を紹介します。
理由①白い壁や飾りなど、城としての美しさは日本の建築のなかでも最高峰だから

姫路城は白鷺城とも呼ばれています。
これは姫路城の外壁や屋根裏の目地が白漆喰で塗られていたからです。
とくに屋根裏の目地を白漆喰で塗っているのは、他の城にはない姫路城だけの特徴です。
白漆喰を縫った理由は、「漆喰は高い」「他にはないデザイン」ということで池田輝政が威厳を示そうとしたからです。
白く塗られた城を見た城下の人々は「まるで翼を広げたシラサギのよう」と親しみを込めて呼ぶようになりました。
漆喰は火に強いので鉄砲による火事を防ぐことができた一方で、内側に雨水が入ると水分が外に逃げず木材が腐りやすいという欠点があったため、歴代の城主は雨水対策がかかせませんでした。
理由②日本の木造建造物として最高傑作であるから
姫路城は木造建築の最高位にあたる美的完成度と言われています。
世界遺産に登録されている城の多くは石やレンガで造られたものばかりですが、姫路城は濠や石垣を除き木材で造られています。
その姫路城が世界遺産に登録されたことから、名実ともに木造建築の最高峰と認められました。
その象徴が
- 5層7階の大天守
- 東・西・乾の小天守が渡櫓で連結した日本で唯一の連立式天守
です。
5層7階の大天守
大天守は5層7階の造りになっています。
5層とはすなわち五重の屋根のことで、屋内は7階建ての構造になっています。
四重部分に4階と5階(屋根裏)があり、石垣にすっぽり隠れるところに地下1階があります。


地下は籠城戦(立てこもり)に備えたためで、トイレや台所も設置されています。
天守にトイレが残っている城は日本でも珍しいです。
また姫路城の内部には東西2本の心柱が立っており、建物の横揺れを防いでいます。
東側は25mの1本柱で、西側は2本の木をつないでいます。
2本とも長い心柱を建ててしまうと高層階の建築時に梁などが搬入しづらくなるため、西側の心柱のみ分割式にしています。
東・西・乾の小天守が渡櫓で連結した日本で唯一の連立式天守

大天守の周りを固めるのは、東・西・乾の3つ小天守を渡櫓で結んだ日本で唯一の連立式天守です。
連立式天守は、見る場所を変えると天守閣の見え方が変わります。
理由③天守や石垣、塀、堀などが江戸時代の姿のままよく保存されているから
姫路城は築城から400年を経ても天守や石垣、塀、堀などが江戸時代の姿のままよく保存されています。
これは築城から続く修復工事の賜物です。
なかでも「昭和の大修理」は、工期8年、総工費5億5000万円、作業員は総員25万人以上におよぶ大規模な修復工事でした。


それから半世紀たった2009年からは「平成の大修理」で、壁の塗り替えや屋根のふき直しが行われました。
工期は5年半、総工費は24億円、作業員は1万5000人以上です。
このように何度も修復されたことにより、鮮烈の白をまとった大天守が姫路の街に残されているのです。
大天守を支える石垣

大天守の総重量は約5700トンでこれは定員1000人の大型客船に匹敵します。
これだけ超重量級の大天守を支えるには頑丈な石垣で基盤を造る必要があります。
石垣に使用された石は姫路城近くの山々から切り出されましたが、足りない分は古墳の石棺や石灯籠、墓石の石なども使用されています。

備前門の入口には綺麗に加工された直方体の石が縦に積まれています。
これは古墳に埋葬されていた石棺で、姫路城の築城にあたり近隣の古墳が破壊されたことが分かります。
城を守る様々な仕掛け
姫路城には敵や災害から城を守る仕掛けがたくさんあります。
城内は入り組んでいる

城内は迷路のように入り組んでいます。
分岐も多く、敵は簡単には天守にたどり着けない構造になっています。
城内は門だらけ
城内には外敵から城を守るために多くの門が設置されています。
門によって敵を退ける方法が異なっており、仕掛けは様々です。
門の数だけを見ても姫路城の堅守さが伺えます。

城内でもっとも大きな門で、最初に敵を迎え撃つ玄関の門・「菱の門」です。
上部には3つの武者窓があり、敵を見張ることができます。
L字形の城壁に味方の兵士が隠れ、敵を迎え撃ちます。
多くの狭間がある

天守の壁や土塀にはたくさんの穴が開いています。
これは「狭間」といって鉄砲や弓を放つための穴です。
敵に見つからないように穴を二つに分けた「隠し狭間」もあります。
姫路城の天守が現存しているのは不戦の城だから

鉄壁の守りをもつ姫路城ですが、実は築城以来400年の間一度も戦場になっていません。
大阪夏の陣では、西国の大名たちはほとんど死んでいたため姫路城は戦場になりませんでした。
戊辰戦争では、姫路城に待機していた旧政府軍がすぐに降伏したためこの時も戦場になりませんでした。
太平洋戦争では、住人たちが姫路城を守るために黒い布で覆い空襲を免れました。
一度焼夷弾を受けたのみで、空襲で焼野原になったときも姫路城だけは悠然と立っており住民の心の支えになりました。
このように姫路城が不戦の城となったのは度重なる奇跡の連続だったのです。
姫路城を訪れる前に読むべき一冊
せっかく姫路城を訪れる機会があるのであれば、事前に姫路城に関する書籍を読んでいくことをおすすめします。
姫路城まるごとガイドブック
姫路城に足繁く通い、現場を知り尽くした郷土史家・兼・プロ観光ガイドによる一冊です。
初心者にも分かりやすく事前の学習としては申し分ありません。
豊富な写真も掲載されているので見ごたえも十分です。
地元で有名な写真家であり史実家
引用元:Amazon公式HP
姫路市民であっても、目から鱗!改めて姫路城の偉大さ、奥深さを思い知らされます。観光で訪れる方にも事前学習に大いに役立つこと請け合いです。
図説・戦う城の科学
姫路城に訪れるのであれば、本書を読まない手はありません。
戦国時代における城の役割と特色、姫路城の歴史がこれまでかと紹介されています。
この一冊あれば姫路城に関する知識は十分ですので、実際に姫路城を訪れた際にはより深く堪能することができるでしょう。
持ち運びやすく、内容も詰まってる
引用元:Amazon公式HP
サイズが小さいのに、城に散りばめられた防御面の工夫が分かりやすく書かれていて非常に良いです。ギュッと詰まったこの本はかなり分かりやすいと思います。
播磨灘物語
「坂の上の雲」「燃えよ剣」「竜馬がゆく」などで知られる司馬遼太郎さんの小説(全4巻)です。
姫路城を語るうえで最重要人物である「黒田官兵衛」を主人公に描いています。
ガイドブックとは異なりますが、姫路の街ができるまでの時代背景を楽しく学べます。
司馬遼太郎好きな方にはぜひとも読んで欲しい一冊です。
司馬に「友にするならこんな男」と言わしめた男の一生
引用元:Amazon公式HP
文末で司馬が珍しく自分の心情を隠さず漏らし、「友に持つなら、こういう男を持ちたい」と言わしめた男・黒田官兵衛の生涯を描いた作品である。・・・そして司馬の官兵衛への思い入れ、作品が面白くないわけがない。
まとめ
「姫路城」の紹介はいかがだったでしょうか。
簡単でもいいので世界遺産については絶対に登録理由を知ったほうがいいです。それは世界遺産が「他の観光地とは一線を画す」からです。
この記事が、ちょっとでも目線が変わるお役に立てれば嬉しいです。
▼日本の世界遺産はこちらの記事をご覧ください。
>>都道府県別|旅行におすすめ!国内の世界遺産まとめ一覧!
以上、<なぜ「姫路城」は世界遺産?その理由を3行で分かりやすく解説!>という話題でした。

